私が受けた平和学園小学校の教育 川崎雅司(小1968)

Home » 同窓生だより » 私が受けた平和学園小学校の教育 川崎雅司(小1968)

私が受けた平和学園小学校の教育 川崎雅司(小1968)

アメリカに渡って39年、バージニア大学に教職を得てから今年で33年になります。私が約60年前、平和学園で授かった宝物のような体験を思い出すと、今でも感謝の気持ちで胸がいっぱいになります。

 

平和学園のどこがそんなに素晴らしかったのでしょうか?
個人を重んじ功利主義に囚われないヒューマニズムに満ちた教育方針、自由主義、ほとんど家族のような少人数制、教員にも生徒にもダイバーシティが重視されていたこと、音楽に満ちた日々等々、長所は数え切れません。

 

そんな中で私の後の人生に特に大きな影響があったと思うことが2つあります。素晴らしい自然環境と理科教育です。
無機質な塀に囲まれた敷地に規格通りの校舎と校庭がある「普通の」小学校とは異なり、平和学園の敷地はかなり広大な松林の中にありました。
教室から講堂や理科室へ移動する短い時間でさえ自然に浸ることができました。

小さい時から虫が好きだった私は、あの頃平和学園の校庭で出会った虫たちを今でも懐かしく思い出します(たとえば校舎脇の砂地にすり鉢状の巣を作るアリジゴクをよくマッチ箱に集めたものでした)。

 

理科の横山哲夫先生には、他の小学校では考えられないような破格なサイエンスショーを見せていただきました。
砂地の校庭の真ん中に置かれた炎全開の石油ストーブの上に、先生自ら作られた紙製の大きな熱気球を被せる野外実験。
ストーブの火が気球に燃え移ったら大変とハラハラしながら多くの生徒が見守りました。
熱膨張で空気の密度がどうのなどの講釈は一切ありませんでしたが、このような壮大なサイエンスショーによって物理の法則を我々の脳裏に焼き付けてくださいました。

 

また、横山先生が古タイヤを焚き火に投げ込み、大きな黒煙を上げたため消防車が飛んできた事件もありました。
先生は、多量のゴムを火に焚べるとどうなるかを生徒たちに見せたかったのかもしれません。

 

横山先生は私個人にも破格の「指導」をしてくださいました。今でもよく覚えているのは、理科準備室に私を招き入れ、ガラス細工に使うガソリンバーナーという道具の使い方を教えてくださったことです。
足踏み鞴(ふいご)で圧搾空気を作りガソリン蒸気と混合して高温の炎を得るという、一歩間違えば大火災を招きかねない大変危険なツールです。
手とり足取りの一通りの指導が終わると、いつでも好きな時に使っていいよと言われ、後日一人で理科準備室を訪れ溶けたガラス管を弄り回す喜びを存分に体験させてもらいました(今日では考えられないことですね)。

 

このような非日常的イベントに限らず、通常の授業や生活にあっても、平和学園の先生方は私達小学生に、まるで大人に話しかけるような言葉遣いで接してくださいました。
日本語の会話や教示には自然と上下関係が入り込み易く、学校教員はつい上から目線の言葉遣いになりやすいものですが、そうならなかったのは、学園理念の奥深くに個人の尊厳と平等を重んじ差別を否定する考えがあったからではないでしょうか。

 

このようにして育てて頂いた少しばかりの自己肯定感は、卒業後、社会と関わり育っていく上で大変大きな意味があったと思います。最近、国連人権理事会から「日本では、政治・経済・教育・メディアなど社会の隅々まで、差別と上下関係の力が浸透し、個人の尊厳が脅かされ、それを当然の事とする社会通念が固定化している。日本が国際社会に肩を並べるためには、日本社会は何よりもまずこれを正さなければならない」との衝撃的な提言がありました。周りの世界とは少し違う平和学園で小学校時代を過ごしたことで、私にはこの提言の意味が良くわかるような気がします。

 

卒業後、私は公立中学校、公立高校へと進みましたが、平和学園と大きく異なる環境にあっても(たとえば上下関係一色の運動部)、平和学園での体験を頼りになんとか自分の道を見つけることができたと思います。

 

小学校時代の動物との関わりのせいでしょうか、大学では生物学を、大学院では動物行動学を学びました。1984年にアメリカに移住してからは、コウモリのエコーロケーションや電気魚(電気でコミュニケーションをする魚)などの研究をし、現在はバージニア大学生物学部教授として、魚の感覚神経系の研究と動物行動学の教育に従事しています。動物行動学の講義では小学校時代にアリジゴクで遊んだ体験などを披露したりしています。

大学のDiversity, Equity, and Inclusion (多様性・公1平性・包括性)委員会では、アメリカの大学キャンパスにも未だに存在する様々な差別や不適切な上下関係と戦う仕事もしています。多様性と公平性を社会の至上価値とするアメリカ社会に、長く生活すればするほど、平和学園時代の特別な経験を有り難く思うこの頃です。