『赤ずきんと平和の子』 ~ウィーンの舞台から~ 瀬戸 元(小 1968年卒)
『赤ずきんと平和の子』 ~ウィーンの舞台から~ 瀬戸 元(小 1968年卒)

小3の2学期から転入した小生、秋の学芸会で「赤ずきん」のオオカミを演じさせて頂くことになりました。脚本では終幕、おばあちゃんに変装してベッドに臥っているところに猟師が入って来て「悪い狼はどこだ?」と叫ぶと「ごめんなさい。もう悪いことはしません」と赦しを乞う筋書きですが、子供心に不自然だと思い、本番前の総稽古の際「狼は向こうへ逃げて行きました」と言いました。急な変更に困惑した猟師役の金子家敏君は舞台で立ち往生、客席にいた各学年の生徒達が笑い出してリハーサルは中断しました。
演出なさっていた担任の臼井進先生に叱られ、決してふざけたつもりはなく、良かれと思っていた小生は、悔しくて泣きました。ところが「共同作業をする中で自分勝手なことをしてはいけない」と諭され、動機が何であれ、やり方を間違えると元も子もないということ、他のひとのことも考えるべきということを学びました。
その後、紆余曲折を経て1986年に渡欧。オーストリアの首都ウィーンを拠点に舞台と映画で俳優業をして40年になります。自己表現を求められる創作の場で、独りよがりにならず、それぞれ個性の強い共演者やスタッフと調和の取れた環境で仕事をするのは易しいことではありません。60年前に臼井先生に頂いた貴重な教えが、競争の激しいプロフェッショナルの世界で、バランスある人間関係を作る基礎になっています。
これまでドイツ語圏を中心に東西ヨーロッパ20ヶ国余りに出演している比較的、 珍しいケースだと思います。こちらにはアジア系の俳優が少ないこともあって様々なキャラターを演じてきましたが、特に遣り甲斐を感じるのは、やはりクセのある役柄です。悪い狼の成れの果て、「三つ子の魂、百まで」という処でしょうか?

「三つ子の魂」と言えば、平和学園ではよくお祈りをしました。この習慣は今でも守っています。(特に食事の前!)感謝をすること。地上には自分たちの他にも人間がいて、その人たちの事を思うこと。己の上にある神との対話は、自分の立ち位置を見失わない道標となってくれます。
東西冷戦が終結して25年経ったヨーロッパでは、国家間の壁を低くして統合・コラボが進む一方、民俗・文化、イデオロギー、宗教、そして経済的な利害など、様々な対立があり、社会の分断が顕著と言われます。極端な意見に煽動されたり、ともすれば排他的になりかねない世相の中で、自分ファーストではなく、互いに思いやるのが社会の発展への正道と考えます。 平和学園で「私たちは平和の子」という概念を教わりました。 世界にそういう自覚のある人間が増えていくことを切望する今日の欧州生活です。
